斉藤桂(23歳/油絵画家)Part.1|20代クリエイター限定インタビューマガジン creatalk

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1.将来はジブリ映画の背景を描くと信じていた

斉藤桂01

ーーまず最初にちょっとした疑問から入りたいんですが、今は文京アートさんのサイトに斉藤さんのページがありますよね。それは所属みたいな関係性になるんですか? 作家とギャラリーとの関係というのが未だによく理解できていなもので。

「多分日本のほとんどのギャラリーや画廊はそうだと思うんですけど、ほとんど口約束なんですよね。書面でなにか契約をしているわけではなくて、個展やらせて下さいってこっちから言う場合もあれば、向こうから個展やりますかって話が来ることもあるし。僕の場合は何度かそういう話をしているうちに、いつの間にか HPに載ってたっていう感じです(笑)」

ーーあ、そんなに緩い感じなんですね(笑)。今ブンキョウアートのギャラリーに作品を置いてもらってるんですよね?

「そうですね。だから展示とか発表がしたいと思ったらオーナーに言えば、多分スケジュールを組んでやってもらえるっていう」

ーーなるほど。ギャラリーと作家の関係性っていうのはどこもそんな感じなんですかね?

「そうですね。だから所属という感じではなくて委託ですよね」

ーーではさっそく絵について伺います。斉藤さんは油絵を書いているわけですけど、なぜ油絵だったんでしょうか? きっかけがあればお聞きしたいんですが。

「結構さかのぼってしまうんですけど、もともと絵を描くのは好きだったんですよね。中学生の時は野球部だったんですけど、すごく漠然と「僕は将来ジブリ映画の背景を書くんだろうな」って信じてたんです。でもそんなことを考えながら野球やってくうちにそういう妄想みたいものはいつの間にか途切れていたんですけど、高校1年の冬くらいに授業で油絵を描かされたんです。その時になにかが堰を切ったように、本当にやりたかったことはこれなのかもしれないっていきなり思って。それで2年になった時に小学校の頃からずっと同じ学校にいる友達に、工芸同好会に入らないかって誘われたんです。その時はもう野球部も辞めていたから特にやることないし、やろっかなって思って入って。しばらく遊び程度に土をこねたりしてたんですけど、その工芸同好会の部屋には美術系予備校のパンフレットがいっぱい置いてあったんですよ。
 僕その当時は美大っていうのはもちろん知ってたけど、全然意識はしてなかったんですよね。ジブリの背景を書きたいっていうのは漠然と思っていたんですけど、それに行き着くにはどうすればいいかっていうのを考えたことがなかったんです。でもそのパンフレットを見た時に電撃が走ったっていうか。「こんな世界があったんだ!」っていう。今でもその時のことは鮮明に覚えているんですけど、とにかく衝撃で。それでその友達と、2人で予備校に行ってみようかってなったのがきっかけですね」

ーーそういう出会いがあったんですね。ところで高校の授業で油絵ってあったんだ?

「うちはありましたね。確か、美術と工芸と書道と音楽の中から選ぶんですよ。それで僕は美術を選んでいたんで油絵の授業があったんですよね。そこでは結構専門的なことも教えてもらってましたね」

ーーやっぱり絵を書くのは昔から好きだったんですね

「でも書くことに限らず、何か作ることが好きでしたね。教育テレビのワクワクさんの番組(「つくってあそぼ」)とかすごい好きで観てましたもん。あの番組が観たくて学校を仮病で休んだりしてましたし(笑)」

ーージブリの背景を書きたいと思ってたって話だけど、当時だとジブリ作品はなにを観てました?

「僕が映画館で始めて観たのは、 『紅の豚』 でしたね。あれが92年くらいで」

ーー92年っていうとまだ本当に小さい頃だよね。

「6歳くらいですね。僕らの世代は結構多いと思うんですけど、あの映画の影響は大きかったですね」

ーーでは高校2年で予備校に通うわけですけど、ムサビ(武蔵野美術大)に行こうと思った理由はなにかありますか?

「まぁ美大に行くとしたら大体は多摩美(多摩美術大学)、ムサビ、東京芸大、造型大学、女子だったら女子美大学とか……そこらへんはだいたいみんな受けてるんで、僕も受けてたんですよね。それで受かったのがムサビだけだったっていう。でも受けた時に、ムサビは親切だなーって思ってましたね。電話とか受付とかすごい親切で。まぁ、それくらいですけど(笑)」

ーームサビの油絵科に入学するんですよね

「そうですね。でも予備校の時点で油絵かデザインか建築かに別れるんです。それを選ぶ時にはデザイン科と油絵科ですごい悩んだんですけど。その時考えたのは、デザイン科は収入がありそうだ、油絵は食って行けなさそうだ、って。今ここで人生決めるかもしれない……って思っちゃったんですよね。それで結構悩んで、やっぱり絵かな、って。なんとなくだったんですけどね。その時デザインを選んでたら今でもデザインやってるだろうし」

ーーあ、そうなんだ。油絵にどうしてもっていう思い入れがあったわけではなかったんだ?

「それはなかったんですよね」

ーーでもどうしてその時にデザインではなくて油絵を選んだと思います? 

「なんででしょうね。多分、小さい頃のアニメーションの影響っていうのはやっぱり大きかったんでしょうけど……。それと、小さい頃から旅行にはいろんな場所に連れて行ってもらっていたし、都会でもないし田舎でもない中途半端な地元だったりしたんで、綺麗な景色を見るとなんとなく描きたくなっるっていうのはありましたよね。あとは……分からないですね。どうしてだったんだろう」

ーーでは少し戻って、小学校の時の自分はどんな子供だったと思う?

「先生の顔色を伺う子でしたね」

ーーああ、空気読むタイプの(笑)?

「そうですね。小さい頃からそうだったんですけど。大人の前では静かにしていれば褒められるんだっていうのをちゃんと分かってたんです。大人にとって都合のいい子はいい子じゃないですか。だからとりあえず静かにしてれば大人っていうのはいい子だって褒めてくれるんだなっていうのを分かってましたね。変な意味でマセてたんでしょうけど。嫌なガキだったと思いますね」

ーー『紅の豚』を映画館で観たってことでしたけど、映画も結構観てたの?

「小さい頃から観てましたね。レンタルビデオが多かったですけど」

『明るい暗闇』斉藤桂『明るい暗闇』
(07年/41cm×41cm)
ーー今でも覚えてる作品ってなにかあります?

「別に名作でもなんでもないんですけど、なぜかすごい印象に残っているのは 『ロビン・フッド』 (91年)ですね。ケビン・コスナーが大好きだったんですよね。今でこそデップリしたおじさんですけど、昔はかっこ良かったですよね。あとはゴジラのシリーズとか、ドラえもんもよく観てましたね」

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斉藤桂
(23歳/油絵画家)

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さいとうけい 1986年東京都生まれ
高校卒業後に現役で武蔵野美術大学造型学部油画学科に入学。グループ展を経験した後に在学中の08年にトーキョーワンダーウォール賞を受賞。トーキョーワンダーウォール入選作品展(東京都現代美術館)に参加し、東京都庁での入賞者展にて個展を開催。09年11月には東京コンテンポラリーアートフェア2009(東京美術倶楽部)にて個展「よしんばてふてふが飛んだとして」開催。今後の美術界を支える注目の若手作家。

twitter:@keichikurin

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