甲田悠一郎(25歳/ドラマー)|20代クリエイター限定インタビューマガジン creatalk

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#06 甲田悠一郎(25歳/ドラマー)

甲田悠一郎(25歳/ドラマー)

profile

こうだゆういちろう……1985年1月生まれ、A型。
5歳の頃に高校で出会った渡辺豪(ギターボーカル)と、渡辺の中学の同級生だった平井遥樹(ベース/現在は the birthday のメンバーとして活動中)と共に 『てるる…』 を結成。すぐに精力的なライブ活動を始める。バンドコンテストでの受賞をきっかけに知名度を上げ、03年にインティーズデビュー。平井が脱退するも高校の同級生だった井嶋啓介(ベース/現在はmyuuRyのメンバーとして活動中)が加入し、06年にメジャーデビュー。セカンドミニアルバムの中の1曲『車輪』が「COUNT DOWN TV」07年1月度のエンディングテーマに抜擢されるなどして話題を呼んだ。
その後バンド名をteruru…に変更、ベーシスト井嶋の脱退と原孝允の加入を経て、現在はDichtenと再びバンド名を変えてメジャー時代にできなかった自由な発想と実験を楽しみ、挑戦し続けている。

■Dichten公式サイト…http://www.dichten.jp

introduction


 いきなり個人的な話から入ってしまうが、今回インタビューさせて頂いた甲田くんと僕は同じ高校で、同じクラスだった。教室では良く会話をしていたように記憶しているし、修学旅行でも同じ班だった。ただ彼がバンドで忙しいことは当時から良く知っていたし、僕は僕で運動部に所属していてクラスの友達とはそれほど親しくはなることはなかった。
 高校を卒業してから3年が経った頃、彼は念願だったメジャーデビューを果たした。僕はただ「すごいなぁ」「頑張ってるなぁ」と他人事として感じるだけだった。
 契約を終了し再びアマチュアになり、それでもまたゼロから出直してメジャーを目指すという話を聞いて、どうしてそんなに頑張れるのだろうかと疑問に思った。僕は高校を卒業してから数えきれないくらいたくさんのものを諦めたり迷ったりしてきたのに、彼はあの頃からずっとドラムを叩き続け、ずっと音楽だけを目指している。
 その情熱が僕にはほんとうに信じられなかったし、とても羨ましかった。
 だからインタビューをすることでその情熱が沸き上がる源泉を少しでも覗き見ることができればと思ったのが今回のきっかけだ。

 自分たちの音楽が一概には受け入れられなかったという経験から彼が学んだこととは何だったのか、そしてなぜそれでも音楽を続けようと思えるのか。
 インディーズもメジャーも挫折も経験した彼だからこそ、音楽を語る言葉には今まで僕が感じたことのない独特の重みと慎重さがあった。

(取材・文・写真:田島太陽/2010年3月4日

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甲田悠一郎
(25歳/ドラマー)

甲田悠一郎(25歳/ドラマー)

こうだゆういちろう……1985年1月生まれ、A型。
5歳の頃に高校で出会った渡辺豪(ギターボーカル)と、渡辺の中学の同級生だった平井遥樹(ベース/現在は the birthday のメンバーとして活動中)と共に 『てるる…』 を結成。すぐに精力的なライブ活動を始める。バンドコンテストでの受賞をきっかけに知名度を上げ、03年にインティーズデビュー。平井が脱退するも高校の同級生だった井嶋啓介(ベース/現在はmyuuRyのメンバーとして活動中)が加入し、06年にメジャーデビュー。セカンドミニアルバムの中の1曲『車輪』が「COUNT DOWN TV」07年1月度のエンディングテーマに抜擢されるなどして話題を呼んだ。
その後バンド名をteruru…に変更、ベーシスト井嶋の脱退と原孝允の加入を経て、現在はDichtenと再びバンド名を変えてメジャー時代にできなかった自由な発想と実験を楽しみ、挑戦し続けている。

■Dichten公式サイト…http://www.dichten.jp

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